岩を小くする
沖野岩三郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)後村上《ごむらかみ》天皇さまの
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後村上《ごむらかみ》天皇さまの皇子さまに、寛成《ひろなり》さまと申すお方がございました。
まだ、ごく御幼少の時、皇子さまは、多勢の家来たちと、御一しよに、吉野川の上流、なつみの川岸へ、鷹狩《たかがり》を御覧においでになりました。
川岸には、大きな岩があつて、その上に、松の木が一本、枝ぶり美しく、生えてゐました。
寛成の皇子さまは、それが大へん、お気に入つたとみえ、おそばにゐた、中将《ちゆうじやう》河野実為《かうのさねため》に、
「帰るとき、あの岩と松とを、御所のお庭へ、持つて行つて下さい。陛下に献上したいから。」と、仰せになりました。
岩といつても、大きな岩で、どれだけの重さだか、わかりません。けれども、まだお小い、皇子さまのことですから、鷹狩を、御覧になつてゐるうちに、その岩のことは、お忘れになられるだらう、と、思ひましたので、中将は、
「よろしうございます、帰りには、きつと、持つてまゐりませう。」と、善《い》い加減なお返事をいたしておきました。
やがて、鷹狩もすんで、みんな、御所の方へ、お帰りになりました。
途中で寛成の皇子さまは、
「あ、あの岩を、忘れて来たではないか。」と、申されました。すると、そばに居た、忠行《ただゆき》の侍従は、
「あの岩は、なかなか、重うございますから、私《わたし》ひとりの力では、とても、持つてまゐる事は出来ませんが、民部大輔《みんぶたいふ》は、大変な、力もちでございますから、あとから、持つてまゐりませう。」と、申し上げました。そして、岩と松の事は、お忘れになるやうに、いろいろ、面白いお話をいたしましたが、皇子さまは、御所へお帰りになると直ぐ、河野中将を、およびになつて、
「まだ。あの岩と松は、持つて来ないのか。」との、お尋ねでございました。中将も、困りましたので、
「岩のことは、忠行の侍従に、よく言ひつけて置きましたから、おきき下さいまし。」と、申し上げますと、皇子さまは、
「では、すぐ忠行に、ここへ来いと言つて下さい。」と、申されました。で、致方なしに、忠行を呼んでまゐりますと、
「あの岩は、どうした。早く持つて来ないか。岩には、松が生えてゐた筈《はず》だ。」と、仰《おほ》せになりましたので
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