いものだ、とばかり思つてゐました。


    二
「左様なら、お父さん! おつ母《か》さん!」と云つて万作《まんさく》は家《うち》を出て行きました。両親《ふたおや》は村境の橋の所まで送つて行つて、万作の姿の見えなくなるまで見てゐましたが、おつ母さんはたうとう泣き出しました。
「あんな馬鹿《ばか》な子供が、遠い所へ行つて皆《みん》なに馬鹿にされて酷《ひど》い目に逢ふことは無いでせうか。」おつ母さんがかう言つた時、
「なあに大丈夫だ、あの子は十二までの数を知つてゐる。それからお金を儲《まう》けやうといふ考へがある。遠い所へ独りで行かうといふ勇気がある。帰つて来たなら蚊帳を買つて呉れようといふ情深い心がある。あれは馬鹿でも何でもない。きつとあの子は偉い人になつて帰つて来るから安心して待つてゐるがよい。」と云つてお父さんはおつ母さんを慰めてゐました。
 さて万作は家《うち》を出てどこへ行くといふ的《あて》もなく、ずん/\と東の方へ行きましたが、そこに大きな山がありました。万作はこの山を越えて隣の国へ行かうと思つて三里ばかり山路《やまみち》を登つたと思ふと、お昼飯《ひるはん》を食べなかつたもの
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