と云《い》つて喜びました。
 万作は嬉《うれ》しさうな顔をして、こんな事を云ふのでした。
「お父さん! おつ母さん! 私は今日から暫《しばら》くの間お暇を頂戴《ちやうだい》したうございます。私は今日から遠い遠い国へ行つて、うんとお金を儲《まう》けて帰ります。」
「え? お前が遠い国へ行くつて?」お父さんは驚きました。
「お前がお金を儲けて来る?」おつ母さんは眼《め》を円くしました。
 万作は平気な顔で、
「えゝ、きつと儲けて来ます。私がお金を儲けて来たなら何を買つて上げませう。」と云ふのです。おつ母さんは、
「では万作、お前がお金を儲けて来たなら蚊帳《かや》を一つ買つて下さい。もう十二年前に丁度万作の生れた年、たつた一枚の蚊帳を泥棒《どろぼう》に盗まれて今だに蚊帳を買ふ事が出来ないんだから。」と云ひました。
 万作の家《うち》には蚊帳がありませんでしたから、夏になると宵の口から火鉢《ひばち》の中で杉つ葉を燻《くす》べて蚊を追出してそれから、ぴつしやり障子を閉め切つて寝たのでした。
 だから、万作は夏といふものは煙くつて暑いものだ、夜になるとどんなに涼しい風が吹いても障子を開けてはならな
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