美しい美しい御殿の中へ伴《つ》れて行かれました。
 それから毎日々々いろ/\なむづかしい事件が起つてそれを申上げても、万作には何の事やら判《わか》らないのでいつも黙つてゐました。だから人民たちは、
「何を申上げても黙つてゐらつしやる。我々の申上る事は皆《みん》な馬鹿《ばか》らしくて御返事が出来ないのだらうから、もう我々も黙つて働かうぢやないか。」と言ひました。
 それからといふものは、この国には喧嘩《けんくわ》もなければ裁判もなく、人の悪口を言ふものも無ければ、それはそれは皆《みん》ながおとなしいおとなしい唯《ただ》黙《だま》つて一生懸命に働く人達《ひとたち》ばかりになつたので国中がだん/\金持になりました。
 月日の経《た》つのは早いもので、万作がこの国の殿様になつてからもうお正月を十二度迎へました。さア明日は十三度目のお正月だと云《い》ふ時、万作は急に、
「私《わし》は今日から国へ帰る!」と云ひ出しました。
 人民たちは皆《みん》な集つて来て、
「何卒《どうぞ》いつまでも/\殿様になつてゐて下さい。」と申しましたが、万作は頭を横に振つて、さつさと御殿を出て行きました。
 そこで大蔵大臣が人民共と相談して、万作に十二年間の御礼として幾らかのお金を差上げる事になりました。
「恐れながら殿様には餞別《せんべつ》としてこの国の庫《くら》に積んであるお金を何程でも御礼として差上げたうございますから御入用だけ仰《おほ》せ付け下さりますやう。」と大蔵大臣は地べたへ頭を擦《す》りつけて伺ひました。
 万作は黙つて聞いてゐましたが、ふと十二年前に国を出る時、おつ母さんに蚊帳《かや》の約束をした事を想ひ出しましたから、
「では少々|貰《もら》はう。」と申しました。大臣は、
「では何百万円お入用でございますか。」と問ひましたが万作は、
「十二円!」と元気よく言ひました。


    五
 十二年も殿様の役目を勤めて下すつたに拘《かかは》らず、お礼の金をたつた十二円だけ貰《もら》はうと仰《おつ》しやつたので大臣は余り金高が少いのにびつくりして暫《しばら》くの間は物が言へませんでしたが、
「たつたそれつぱかりで宜《よろ》しうございますか。」と聞直しました。
「うん宜しい。その十二円で蚊帳《かや》を一つ買つて来て下さいよ。」
「蚊帳? あの夏になつてつる蚊帳をですか。」
「さうです。」万作
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