いものだ、とばかり思つてゐました。
二
「左様なら、お父さん! おつ母《か》さん!」と云つて万作《まんさく》は家《うち》を出て行きました。両親《ふたおや》は村境の橋の所まで送つて行つて、万作の姿の見えなくなるまで見てゐましたが、おつ母さんはたうとう泣き出しました。
「あんな馬鹿《ばか》な子供が、遠い所へ行つて皆《みん》なに馬鹿にされて酷《ひど》い目に逢ふことは無いでせうか。」おつ母さんがかう言つた時、
「なあに大丈夫だ、あの子は十二までの数を知つてゐる。それからお金を儲《まう》けやうといふ考へがある。遠い所へ独りで行かうといふ勇気がある。帰つて来たなら蚊帳を買つて呉れようといふ情深い心がある。あれは馬鹿でも何でもない。きつとあの子は偉い人になつて帰つて来るから安心して待つてゐるがよい。」と云つてお父さんはおつ母さんを慰めてゐました。
さて万作は家《うち》を出てどこへ行くといふ的《あて》もなく、ずん/\と東の方へ行きましたが、そこに大きな山がありました。万作はこの山を越えて隣の国へ行かうと思つて三里ばかり山路《やまみち》を登つたと思ふと、お昼飯《ひるはん》を食べなかつたものですから、お腹《なか》が空《す》いてもう一歩もあるけなくなりました。で、仕方がありませんから、大きな木の株に腰を掛けて休んでゐました。すると万作は睡《ねむ》くなつて来て、いつのまにか、うと/\と眠つてしまひました。
「おい! 万作さん!」と大きな声で呼んだものがあるので万作は吃驚《びつくり》して眼《め》を開けてみると、そこに白い髯《ひげ》を長く伸《のば》した老爺《ぢい》さんが真白《まつしろ》い着物を着て立つてゐました。
「あなたはどなたでございます? 私は万作ですが……」
「私《わし》は仙人《せんにん》ぢや。お前に用事があつて来たのぢや。」
「どんな御用でございます。」
「私《わし》はこの隣国の殿様になる人を一人見付けたいと思つて今まで尋ねてゐたのぢや。」
「では爺《ぢい》さん、私をその国の殿様にして呉《く》れるのですか。」
「うん、さうぢや。今から私《わし》は万作さんを隣の国の殿様にするから、さあそこへきちんとお坐《すわ》り。」
「はい、畏《かしこま》りました。」
万作が土の上へ坐つた時、爺さんは懐から小い袋を取出しました。
三
老爺《ぢい》さんは小い袋を万作《まんさ
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