長である。年は五十四五でもあろう。
 私は今日も此の老船長のような男に三百七呎の上空まで伴れて行ってもらった。彼は此の塔の訪問者の案内役であり、エレベーターのコンダクターであり、正午と六時のチャイムのミュージシャンでもあるのだ。エレベーターが停ると彼は、柔和な声で説明する。
『此の塔は高さ三百七呎、此の観望台は二百尺の位置にある。バークレー全市とサンフランシスコ湾と金門海峽が見える……向うの霞の中に見えるのがタマルパイの嶺、その左に連るのがゴールデンゲートの山々、その手前がエンゼルスアイランド、左に見えるがオークランド市……』
 それから眼下の校庭を指ざしながら、あれが図書館、これが自然科学館、それが物理学教室……と、さも自分の財産ででもあるかの如く愛撫の情を含みながら云う。
 説明が終った時、つめたい鉄柵を撫でながら私は言った。
『あなたは年がら年中、このブリッジに立って果しもない大海を眺め、潮風に吹かれ、雲の変化を見ているんですね、丁度船長のように。』
『全くその通りだ。』と相恰くずして喜んだカムパニールキーパーは続けて言った。『夏でも冬でも、晴天にも曇天にも、風が吹こうが雪が降ろ
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