クールの一学級に山田章子さんというのがある。両親とも、もう永く北米の地に住んでいる。
章子さんは小学校でいつも首席を占める。学級の生徒が級長を選挙するたびに、章子さんが当選である。当選すると、学校からセーフチーコンミチーという文字をきざんだ星形の徽章をくれる。これを胸にかけている生徒の命令は、全校の生徒が必ず服従しなければならない。ただに学校内ばかりではない。この十歳の少女が街路を歩む時、子供たちが街路を横切らなければならないのを見ると、すぐ可愛い片手をあげる。すると何十台の自動車は、厳格にぴたりと停止する。子供だからといって、決して馬鹿にはしない。胸のセーフチーコンミチーが物をいうのである。即ちアメリカの警察権を彼の少女は有しているのである。この権利を得たい者は全校の生徒ことごとくであろう。しかし選挙は極めて公平であらねばならぬ事を、教師は平生から口を酸っぱくして教えている。
『アメリカの国は誰が治めるのであるか。』
『アメリカの公民が自ら治めるのであります。』
『アメリカの公民とは誰であるか。』
『アメリカに生れた者、帰化したものです。』
『国家の代表者は誰ですか。』
『大統領であります。』
『大統領は誰がきめますか。』
『アメリカの公民が選挙してきめるのであります。』
此の問答の内容を徹底して知らしめるのが、アメリカの公民教育である。だから児童たちが校内で自分たちの代表者を選挙する時、受持教師から平生教えられている公民教育の効果をそこで現わすのであるから、決してゆがんだ選挙法はしない。だから彼らは皮膚の色だの人種だのには頓着なしに、学問がよく出来て、統御の才ある者を選挙する。つまり彼らは男の子も女の子も、みんな一致して章子さんを級中の大統領に選挙したのである。此の公民教育については、川本宇之介という大家が東京にいるから、詳しい事はそちらで聞いてほしい。
ある小学校を参観した時『ここに日本人の子供がどの位いるか。』ときいてみると、先生けげんな顔して、
『さあ、そんな事を考えてみた事がありませんから。』という。其の教師の机から窓框の所が一杯に薔薇《ばら》の花で埋ずまっているので、どうした事かとたずねようとするうちに、先方から、
『私には一人の娘がありましたが、二十二歳で死にました。盲腸炎を手術しましたので……可愛い生徒たちが私を慰めるために、今日はこんなに沢
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