枝を探つてはしやぶつた。遙に上の方で女の笑聲が聞えた。山は草深くつて女の姿は見えない。大方は草刈であつたらう。茱萸の木から暫くで道は五十里《いかり》川の岸へ出る。河の流は道路からでは餘程低くて一つの大きな瀑布を形つて居る。之が不動瀧である。瀧の上の巖の頂には矮小なひねびた松がかぶりついて居る。根は僅かな[#「な」は底本では「は」]間隙を求めて喰ひ入つて居る。どこから水分が吸收されるかと思ふ位だ。不動瀧から山王峠は間もないとのことである。
 もとへかへつて三依の村まで來た。此間に逢つたのは曩の博勞唯一人のみである。三依は二三十戸の小村であるが、材木と葺草とに不自由の無い爲めか家の構造は頗る大きく且つ岩疊で、戸袋や欄間には意外な裝飾が施してあるが、之に對して障子が煤けて破れたり座敷が埃だらけの樣子だから可笑しい。河を渡つて芹澤といふ所へ辿つた。更に淋しい小村で田が少しばかりある。田の傍には幾筋かの小さな流が通つて、箱仕掛の小さな水車が煢然として立つて居る。水が箱へ一杯になると水の重みで箱が傾いて中軸が廻轉する。他の箱が素の箱の位置へ來る。此の緩漫な運動が繰り返されて米でも麥でも搗かれるので
前へ 次へ
全11ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング