を横斷する抔といふことが手柄のやうに思はれた。蕭殺として淋しい山路は身が引き緊まる樣な氣がして長途の割合には疲勞も無く、鹽原の湯へ着いたのは夕方であつた。
まだ浴客の居る可き季節であらうに、二階も三階も戸を鎖して、極めて寂寥たるさまである。夏の末に暫く逗留して居たのであるから、まだ此間の樣に思はれるのであるが、其變化は三年も經過した樣に感ぜられる。
爐の側にはまあちやんといふ娘が只一人手仕事をして居る。まあちやんは慌てゝすゝぎを取らうとする。予はすぐに入浴する積りであるから、湯下駄の古いのを引つ提げて坂を驅け降りた。まあちやんはあれ私が持つて行きましやうとあとから跟いて來た。鹿股《かのまた》川の水はいつも清冽であるが、岸の浴場の變つたのには一驚を喫した。僅に一つの湯槽が殘つてあるばかりだ。湯槽といふのは、汀の巖を穿つてそこへ据ゑ付けたものであるが、其穿つた跡まで掻き浚つた樣になつて居る。まあちやんに聞いて見ると初秋の大洪水の時に押し流されたのであるとのことである。それで七十にも成る老人が物心覺えてからこんどの樣な洪水の慘害は見たことがないというたとの話である。
驟雨が來ると溪間々
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