立たぬ割合には父兄の間には気受がいゝ。それといふのは子煩悩で能く生徒の世話をするのと応対が砕けて居て他の教師のやうなツンとした所がないからである。百姓の目には袴を穿いてる教師の地位は立派なものである。だからさういふ人間から親しい言葉を挂けられるといふことが彼等には満足なのである。私は此の教師を憫むべきものと思つて居た。私の家は父母と私と只三人のみの家族であつたから此の教師の私の家を訪問すべき機会は少なかつた。それでも時々来ることは来た。如何にも控目にして居る容子を見ると私の母は不取敢酒を出さぬ訳には行かなかつた。其帰る時には又野菜の一包が彼の手に在つたのである。或時彼はまた非常に恐縮した容子で私の家へ来た。酒が其元気を恢復した時に私の母へ嘆願があるといひ出した。それはかうであつた。彼の長女で、彼の妻の郷里の知合の人が媒酌で其近村へ娵に行つたのがあつた。それが一年ばかりになるのだがどうしても亭主が厭だといふので遁げて来て畢つた。それが遂近頃のことである。仮令下女奉公をしても酌婦に売られても亭主の側へもどるのが厭だといつて聴かぬ。厭だといふものを無理に逐ひ帰して間違があつたら取り返しのつか
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