と見えて夫婦共に七人の家族だといふことを聞いて居た。老朽の教師の俸給で七人の糊口は容易なことでないのだから到底好な酒までには及ばないのである。然し性来の子煩悩と見えて能く生徒の世話をするといふので父兄とは懇意にして居た。そつちこつちと訪ねては酒にありついて居た。さうして其帰りには茄子でも芋でも其季節のものを貰つて提げて行く。自分の小さな風呂敷包を首へ括つて両脇へ大きな南瓜を抱へて行くこともあつた。よろ/\として行く処を見ると遊戯に耽つて居る村の子供が騒ぎながら先生の後に跟いて部落の境まで行く。風呂敷が解けて茄子でも芋でも転げ出すと教師は慌てゝ拾つては袂へ入れる。生徒はわあと先を争うてそれを拾ふ。先生は更に慌てる。生徒は各手柄でもしたやうにそれを先生へ返すのである。斯ういふ教師が其頃まだ世間に存在して居たといふのは不審に思はれるやうであるが、それを馘つて畢ふことが忽ち其一族に悲惨な目を見せなければならないので情実といふものが幸に余命を繋がしめて居たのである。庭に散つた木の葉がそつちこつちと掃き寄せられるやうに自己の運命の終局までには幾多の学校を移つて歩かねばならぬ。然しかういふ教師の役に
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