周囲に人が描いて居る丸い輪の内側を明かに照して居る。人々の顔が赤く恐ろしげである。私は後に居てさへ顔の熱いのを感じた。私が戻つて来た時平潟の篝は既になくなつて只どう/\と濤の響を聞くのみであつた。主人はまだ帰らぬと見えて宿の帳場も寂しかつた。
 座敷へもどつた時女は一枚細目にあけた雨戸の隙間から暗い入江を見て居る所であつた。女は私を振り向いて今夜の模様を聞いた。女はこれまで私と口を聞いたことが一度しかないのであつた。私は其時女に近づいた。さうして悉皆私の見たことを語つた。閾に近いランプの光が浴衣姿の女を美しく見せた。今夜も女はきりゝと帯を締めて居た。
「可哀想な人もあるものでございますね」
 女はいつた。女の※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]つた目には涙の漲るのを見た。さうして女は暫く横を向いてしまつた儘であつた。難破船の噺ばかりでそんなに悲しくなる筈はないと私は不審に思はれた。私は立つて雨戸の隙間から外を見た。一杯につまつた松魚船が暗の底にぼんやりと眠つて居る外何にも目に入るものがない。私は気がついて自分の座敷へもどらうとした時ふと女の座敷を見た。蒲団の上に枕の倒れて居るのが
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