て居る。焚火に手を翳しながら哀れな顔をして周囲の人だかりを見まはして居る。他の漁師共はさまで驚いた容子もない。皆茜の褌をしめて居る。私は意外に感じた。私の側に立つて居る漁師の女房らしい女が噺をして居る。土地に特有な荒い言葉で罵るやうに語つて居る。私もそこへ口を出して聞いて見た。これは小名浜から今朝船を出した漁師であつた。平潟の港にはひらうとしたのであつたが夕方から波が荒かつたしそれに闇かつたので遂船底が暗礁へさはつた。船は暗礁へ障つたらもうすぐにばら/\に成つて畢ふ。漁師はそれでも皆板子を持つて波に突きのめされつゝ泳いだ。一人やつと上陸したので此村からも救ひの船が出た。声をたよつて救ひ上げた。皆救はれたが只一人見えぬ。十三四の子でさへ命を拾つたのに其漁師はどうしても此処へ上陸せぬ。平潟へも上陸せぬといふ。波を避け損つて深く捲き込まれたものであるかも知れぬ。其漁師は此の子の父であつた。救はれた時少年は口が聞けなかつた。庭へ焚火をして漸く温めてやつた時彼は頻りに其父のことばかり聞いて居たといふのであつた。焚火には薪が投げられた。焔がばつと燃えあがる。ぼう/\と音をたてゝ燃えあがる。焔の光は
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