しく走せ違つて居る。どこがどうして居るのか私にはちつとも分らなかつた。暫く店先を出て立つて居ると港の磯にどつと篝が燃えあがつた。然し篝は其光の及ぶ範囲内に動いて居る人々を明かに見せる丈で一向にあてどもない。篝に近く行つて見た時船が一艘おろされるやうであつた。私は漁師町の方へ駈けて行つて見た。行き止りが闇くなつて居るばかりでそこには何の容子もない。引つ返して駈けて来ると提灯が洞門の方へ向つて走せる。洞門からも提灯が走つて来る。提灯と提灯と何か罵るやうにいつて走せ違つた。私も洞門に向つて進んだ。下駄の音が洞門の内側に響いてこん/\と鳴るのを聞いた。九面の漁村へ出た。白い波が窮屈な入江の口から押し込んで来るのが見えた。がや/\と人声が騒がしい。ほつかりと火の光が空へぬけて居る。私は凸凹の道を曲折しつゝ漁師の家の間を過ぎて行つた。闇のなかに人とぶつからうとする。行つて見ると庭に篝が焚いてあつて人が一杯に其火を取り捲いてがや/\と騒いで居る。人越しに見ると裸になつて居る四五人が筵の上に腰をおろして慄へ乍ら焚火に手を翳して居る。難破船の漁師が此所へ救はれたのだといつた。其なかに十三四の男の子が交つ
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