便利な人の檐端を恐ろしい蛇の為めに追はれたのである。それにしてもどうして此の棚が棄て去られたのであらうか。恐らく失敗のなごりであらう。私は砂を攫んで投げて見た。雀は一斉にばあと飛んで松原を越えて行つた。此の空闊な浜を控へて後には一帯の松原が濃い緑を染めて居る。日がいつかぼんやりとなつて薄い雲を透して見えながら雨がはら/\と落ちて来た。私はざくり/\と踏み止りのない砂の上を松原へ駈け込んだ。さうして私は松の根方に一人の女の俯伏して居るのを見て喫驚した。只凝然として見て居たが服装もしやんとしたどうも見たことがあると思つたら慥に私の隣座敷の客であつた。女はどうしてこんな所に来たものであつたかと狐につままれたやうに思つた。女は大儀相である。私はそれを見棄て去ることが出来なかつた。
「どうかしましたか」
 と私は聞いた。暫くたつて女は私の声を聞いて顔をあげた。いつもより蒼白い女も、喫驚したやうであるがそれでもしをらしく落付いて居つた。
「いゝえ、どうも致しませんが、少し……」
 と云ひ淀んで居る。
「それでもどうかなすつたんでせう」
 私は下手な聞き様をしたものである。
「少し気分が悪るうござい
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