青く匂ふ。私が最初に思ひ出した時には女の姿はそれ程に明瞭ではなかつた。それがだん/\記憶を反復して居るうちに女の姿がはつきりとかう極つて畢つたのである。私は兎に角こんなことであつたから性情が何等の抑制もなく発達して行つたならば曠野のうちに彷徨ふやうな索莫たるものではなかつたであらう。私は病気の為めに断然廃学せねば成らぬやうになつた。其時私はまだ廿にもならなかつた。私は復た櫟林に没却して此の静かな村の空気を吸はねばならぬことになつた。全く孤独の境涯に移つた。日さへ明ければ田畑に出る百姓は私の相手ではなかつた。心身共に疲労した私と何時までゝも相対して居てくれるものは樹木の外にはないのである。それからといふものは厭だと思つて居た櫟の木もだん/\に好きになつた。私は健康の恢復しかゝるまで数年間徒然として過した。其間女といふ念慮の往来したことはあるが自分ながら明かにどうといつて述べて見る程のこともない。私に妻帯を勧める人もあつたが其噺を運ぶのには私の心は余りに沈んで居た。私が周囲から品行方正な人間として待遇されて居たのも当然である。私が斯ういふ状態を持続して居たのは病気といふ肉体の欠陥と私を挑発
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