乳母は田舎には滅多に無いといはれた位縹緻のいゝ女だといつた。私も幼い時には非常な綺麗な子であつたので、後には女に好かれるといふやうなことを能く見る人がいつた相である。此はずつと後になつてから聞いたのであるが有繋にそれを聞くことは不快ではなかつた。私には又かういふことがあつた。私はふと一人の女を見るのが好になつた。女は私よりも五つ六つ年嵩で、私は十一二であつた。私は其頃近い町の姻戚の家から学校へ通つて居た。稍暑い日に女は蝙蝠傘を翳していつでも同じ時刻に学校の前を往復するのであつた。女は何かの稽古にでも通つて居るらしかつた。私は暇があれば学校の門に立つて見た。唯其女を見るのが好きであつたまでゝある。私が其時少年の身でさうした心持で立つて居ようとは人の知る筈はないのである。其癖私は其頃はまだ他人が女を批評していゝとか悪いとかいふのを聞いても、どんなのがいゝのか悪いのか分らなくてさういふのを不審に思つて居た位なのであつた。それで其女のことは其後久しく忘れて居た。ふと思ひ出してからは屡記憶から喚び返す。すらりとした矢絣の単衣姿で緑の蝙蝠傘をさして居る。日光が仄かに蝙蝠傘を透して化粧した顔が薄らに
前へ
次へ
全66ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング