といふのが尋常ではないらしいし、又どんな奴が智恵を貸さぬものでもない。能く容子を探つてからにしなければならぬ。それにしても家に居ない方が却ていゝかも知れぬ。何処かの海岸へでも行つて保養かた/″\暫く居て来たがいゝと私の母はいふのであつた。私はそれから常陸の平潟の港へ身を避けた。私はそこで又一人の女を見た。
六
其頃は時候も梅雨期の終に属して居たので世間が鬱陶しかつた。障子の紙がゆるんで雨がしと/\と降つて居た。転地した二三日はひどく落付かなかつた。それでも変つた土地の状況がだん/\私を紛らせた。平坦な土地のみを見て居た私にはすべてが目を惹いた。海岸は皆一帯の丘阜である。其丘阜を丸鑿で刳りとつたやうな小さな入江が穿たれてある。入江に添うて港の人家が建てられてあるのである。人工を加へた一筋の街道が此港と丘の後の村々との間を僅に継いで居る。港の町の大部分は其窮屈な海岸から遁げ出したやうに延び出して其街道を挟んで居る。宿は此小さな入江を一目にした三階建であつた。私の案内されたのは二階の中の間である。座敷の障子を開けておけば雨の入江が勾欄から見える。然し小さな入江は窮屈に見えた。
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