居た。車の幌を挂けて出たので村の人々には私の村を離れて行くおいよさんの姿は見られなかつた。おいよさんとはそれつ切り逢つたことがない。然しおいよさんの噺はまだ少し残つて居る。其後おいよさんから手紙が来た。封筒には私の友人の名が書いてある。私は心もとなく封を切つて見た。又懐胎したやうに思はれる。先のは幸にこつそりと始末した。此度はもう引き続き身体が悪いので危険なことを冒すことは出来ぬ。それにしても今一度相談がしたいから、こつちへ来て逢つてくれと媾曳の場所まで書いてあつた。私も困却して畢つた。逢つてやらねばなるまいかと思つたが、何だか闇い深い穴へでもはひるやうな気がして恐怖心が私を躊躇させた。手紙がまた来た。一旦手は切つたけれど、其時はかういふ体になつて居ようとは思はなかつた。それをすげなく扱ふのは無情だといつて散々に怨んだ手紙である。私も思案のしようがないので母へ打ち明けた。母も非常に心配した。深い溜息をついた。私は母の容子を見るのがつらかつた。母は幾度も手紙へ目を通した。然しまだ考へやうもある。此の手紙には一旦手を切つたと書いてある。此も後の証拠に保存して置かねばならぬ。それからあれの母
前へ
次へ
全66ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング