けれども私のこんな浅猿しいことを聴いた。私はそれでもう決しておいよさんと関係はせぬといふことを母へ誓つた。母は窃においよさんの家へ行つておいよさんを喚び寄せることにした。おいよさんは風邪を引いたといつて臥せつて居たけれど別に変つたことはなかつたと母はいつた。私はそれを聞いて胸を痛めた。さうして更に安心した。おいよさんと私との間はまた以前に戻つてしまつた。それを私の母は疑はない。母は私にのみは尊い盲目であつた。私は情を通じて居たけれども私の理性の強い抑制は以前よりも冷静な関係を持続させたのである。私はもとからおいよさんに執着しては居なかつた。人目の蔭でおいよさんの目を見る時は私の心は変になるのであつたが、私はどこまでも隠匿しようといふ念慮が強く働いて居た。二人は到底別れねばならぬ筈に極つて居るのだから、愈別れとなつた時は決して私に思を残してはならぬといふことまで数次おいよさんに断つて置いたのである。さういふ口の下から私は其関係を続けて居たのである。此が凡人の浅猿しさである。
櫟林にも春の光が射し透すやうになつた。私はおいよさんを返す気になつた。私の情が冷かであつたから随つておいよさんに
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