うなことでもあつたかと聞いて見ると何にも別にないといつた。それでは決して人には語つてくれるな、私もさういふことがあらうとは思はずに居たのだから能く聞いて見るからと其女の口止をしたのであつたといつた。私は其時只無言で家蔭の霜柱がほろりと崩れるのを見て居た。無言の自白は母の心を和げた。さうなれば私にも思案はあると母はいつた。私の隠れた悪才が窮策を運らした。欺きおほせるだけ人を欺かうとしたのである。一つにはおいよさんがそれ程欲しい女ではないが此儘別れて畢ふのも惜いし、身体の容子も聞いて見たいしそこには色々あつたのである。それで私は母にかういつた。窃においよさんの家へ行つて身体の容子がどうであるかを見て貰ひたい。さうして別に変つたことがなかつたら、まだ針仕事をして貰ひたいからどうとも其処はいひやうがあらうから再び私の家へ来るやうにいつて見て貰ひたい。連れて来て二三ケ月も置いたならば近所の人の疑も薄らぐに相違ない。耳打した女へは或はさうかとも思ふから又連れて来て二人の容子も能く見たいと思ふのだとかういつて置けば其内に慥にさうと疑を容れることも出来まいからと私は母へ迫つた。私の母は怜悧な女であつた
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