例の如く針仕事に挂つた。おいよさんの態度は私にはちつとも変つて居るやうに見えなかつた。私も二三日して体の工合か心持がせい/\として来た。さうしてそれから私等二人は屡人目を忍ぶやうになつたのである。数月は経過した。其間おいよさんは私にさへ能くかう平気で居られると思はれる程素振には出さなかつた。後になつて見ると私も随分匿情といふことではおいよさんに劣らなかつたと思はれる。世間に隠さうといふ念慮が私の心に強かつたからである。私は其間どういふものかおいよさんに対して熱烈な情を燃やしては居なかつた。唯おいよさんを遠ざけることは私に悲しかつた。長い月日の間には各欠点が分つて来る。心の遠慮のとれた間柄になつてからはおいよさんに我儘な所もあつた。窮迫した家庭に成長したからだと思はれるだけ野卑な処もあつた。私はすべてを心に承知して居て厭にもならずに関係を続けて居たのである。一種の惰性であつたといはねばならぬ。
五
おいよさんの父なる教師の身には必然の運命が来た。其職を罷められたのである。憐むべき教師は自分の妻の郷里に身を落ち付けるといふことになつた。私の母へはくれ/″\もおいよさんを頼ん
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