端へ立つと
「汲みませう」
おいよさんは急いで水を一杯汲んでくれた。私はおいよさんのする儘に任せた。釣瓶の水がぼんやり立つて居た私の下駄へざぶりとかゝつた。
「まあ済みません、私が後にようく洗つて干して置いてあげますから」
さういつておいよさんは手拭の下から私をちらりと見た。只水を汲ました丈では何でもないことである。然し私は其時おいよさんに対してどういふものか心が臆したのであつた。おいよさんも言葉遣がいくらか違つて居た。私はふと傭人を見た。二人はこちらに後を見せて居る。二人がこちらを向いて居る。其時陸穂を手にした儘一人がにこ/\しながら私の方を見た。私にはそれが嘲弄されるやうに感じた。だが群つた葉鶏頭は私の方からはすかして見えるけれどずつと離れた庭の中央からでは私等二人は掩はれて見える筈はないのである。彼等同士が唯饒舌つては笑つて居たに過ぎないのであつた。それでも私は其時厭な心持がしたのであつた。水浴をしてから幾らか爽快になつた。私は跣足になつて雨で倒れかゝつた秋草に杖を立てたりした。門の側のカナメ垣の外へいつも来る商人が天秤をおろして近所の百姓と噺をして居るのが私の耳にはひつた。
前へ
次へ
全66ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング