けて居るのを見て少し心がゆつたりしたやうであつた。おいよさんの家からはそれつきり何ともいつて来なかつた。おいよさんは依然として私に便利な人であつた。私は外出する度窃においよさんの用を達してやつた。私は自分から何か欲しいものはないかと聞いてやるのであつた。赤い綿フランネルだのメリンスの半襟だの私はおいよさんの為めに買つて来た。おいよさんのはき/\した態度は初心な私の眼を掩うたのである。
 或晩私は便所へ立つた。便所の戸を開けようとした時私はおいよさんの部屋の障子が一杯に明るくなつて居るのに気がついた。便所に近い六畳の間がおいよさんの部屋にあてられてあつたのである。夜はもう何時位であつたか知れなかつたが秋雨が止まず降り注いで居る。廂を掩うて居る桐の木がもう落葉して居るので其落葉へ雨はばしや/\と打ちつける。廂へもじと/\と打ちつける。さうかと思ふと草鞋で歩いて来る足音のやうにしと/\と遠い響が聞えて来る。※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]が滅入るやうに鳴いて居る。さういふ錯雑した響の中に夜はしんとして更けつゝあるのを感ぜしめた。便所を出る時にもおいよさんの部屋は障子が一杯に明るくな
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