だが、黙つて立つて居るのが極りが悪いやうな気がしたのでかういつたのである。私はどこまでも初心であつた。
「あらまあどうでもようござんすよ」
 おいよさんは構はずに衣物を私に引つ挂けさせて、後で膝をついて裾を合せて引張つて見たり、前へ立つて袖を横に引つ張つて見たりして白いしつけ糸をとつて口に入れては歯で噛みながら
「もう何処へ行つてもようござんすよ」
 おいよさんは衣物をとりながら私を見て嫣然とした。おいよさんは遠慮がとれると共に私に対してはき/\して来た。私の家庭に於いておいよさんは便利な人になつた。特に私には日常のすべてに於て女といふものゝ便利なことをつく/″\と感ぜしめた。
 秋も冷かになつた。教師はよく来たがおいよさんの為めに袷の用意をして来ない。母はどうせ届けてよこす見込はないのだらうと唐桟の袷地を買つてやつた。夜ランプの下でおいよさんが袷地をいぢりながら母へ義理を述べた時には私は心窃にうれしかつた。次の日においよさんは反物の尺を測つて一寸考へて復た測つてそれを裁たうとして居ると、教師からだといつて近所から行く生徒が手紙を持つて来た。おいよさんは反物を拡げた儘すぐに封を切つた。
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