見た。少し流の急になつた所へ行くと身体が恐ろしい勢でぐつと突き返される。女は裾をかゝげて浴槽の側の石へ乘つてひた/\水に足を洗つて居る。さうして其水に立ちながら余等が泳ぐのを見て居る。余は溪流にひたつた儘見ると宿は遙かに高い岸の上に建てられてあつて浴槽へ通ずる楷段はうねりくねつた長い妙な箱が斜に釣り下げてあるやうなものである。つまり箱の内部を人が一つ/\と運んで往復するのである。余は冷たくなつたから復た浴槽へ飛び込んだ。女はかゝげた裾を外して濡れた足のあとを板の上に印しながら楷段を昇つて行く。だん/\リボンを插した髮が隱れて小さな帶の結び目が隱れて最後に足のうらがちらりと見えて姿は全く其洞穴のやうな楷段の上方に隱れてしまつた。
四
九月五日
雨戸ががら/\と開くと共に余は起きた。まだしら/\明である。前夜の女がいひつけておいた辨當を持つて來て、こんな山の中で何も菜がないから生卵などではどうかと聞く。辨當の菜に生卵は少し困つたことだと思つたが、女の濁つたやうな太い訛つた聲で然かも膝をついて丁寧にいふのが氣に入つたから余は即座にそれでもいゝといつた。女はやつぱり狹い帶を
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