て籬が島のあなたへはひる。熟練な舟子共は軟風を其三角の白帆に受けて小舟は己が欲する方向に走らしむるのである。乘客は皆愉快げに甲板に立つた。只少女は余が眼の前に帶の小さな結び目をあらはした儘汽船のつくまでうつぶしになつて居た。
三
九月四日
仙臺から西すれば山形街道である。余は此の街道を行くのである。時々足もとに深い溪があらはれてそこに廣瀬川の水が白く見える。水は仙臺へ落ちて青葉城のもとを洗つて行くのである。溪から溪へ自然の道筋をたどつて水は大なる迂廻をせねばならぬので力の限り急いで行く。淙々として遙に且つ明かに聞ゆるものは其水が急ぐ足の響ともいひうるであらう。街道は平らかである。疎らな芒に交つて松虫草の花がびつしりと連つて居る。或村へはひる少し前で一人の女と道連に成つた。此の女は余が後から追ひ拔かうとした時に足をはやめて余の後へ跟いて來たのである。自分は佛參りに行くのだがお蔭で道が捗どるといつて息をはづませながら跟いて來る。年増のまづいさうして日に燒けた顏の女である。髮をてか/\光らして白い足袋を穿いて居る。余は好ましい道連でないと思つたからうつちやらうとすると女は汗を垂らしながら跟いて來る。村へはひつた時に女は郷六《がうろく》といふ所だと獨言のやうにいつた。仙臺の市へ行くのであらうと思ふ荷馬車が繭を山のやうに積んで二臺三臺と埃を立てゝ行き過ぎる。薪を負うた女が三人五人と揃つて來る。皆襤褸で厚い板のやうに拵へたチャン/\を着て居る。薪といふのがみし/\と肩へこたへ相な大きな束であるからそれでこんな襤褸の厚板を工夫して着て居るのだらうと思つた。道連の女に此は何といふものかと聞いたら此はケラといふものだといつた。それでまだ此から先の山になると隨分をかしなことをいふと女がいふからどうおかしいかと聞くと笊はフゴといふチヤといふやうにいつた。訛りの所がはつきり分らないが斯う聞えた。笊のことをフゴと呼ぶのだといふことである。途切れ/\に人家のある愛子《あいし》[#「愛子」に「ママ」の注記]といふ村へかゝる。此村は端から端までゞは二里もあるといひながら女は負けずに跟いて來る。もうゝつちやつたかと思ふと二十間か三十間あとから依然として汗を垂らしながら跟いて來る。人家の漸く途切れた所で余はつと草を苅つた趾のある草原へそれた。女はさつさと先へ行き過ぎた。余は其草原で辨當を開いた。さうしてそこへ暫く横にならうとしたがうつかり木蔭のないところであつたからすぐ又歩き出した。余は毎日辨當が濟めば屹度そこに横臥する。それは身體がのび/\としていふべからざる愉快を感ずるからである。徒歩の旅行を苦んで續けて居るものでなければ此の味は解らぬであらう。又人家のある處を過ぎるとそこには鬱蒼たる松林がつゞいて居るので余はたまらず身を投げ倒すやうにして松の根がたへ横臥した。さうして居ると後から大きな聲で賑かに笑ひながら來るものがある。其中にさつきの女が居る。穢い百姓の老夫と此も百姓の穢い衣物で古い藁草履を穿いた年頃の女の子と三人である。女は余が歩き掛けた時に追ひついて復た一所になつた。女はさつき何處へ引つ掛つたと余に聞いた。それからそつちへ引つ掛りこつちへ引つ掛り丁度おれとおなじだ。おれは酒を飮んで來たところだと女は頗る元氣である。女の顏は赤くなつて居る。百姓の老夫は足もとがふら/\としながら少し涎の垂れ相なだらしのない口を開いて時々只はゝアと哄笑するのである。女の子は小麥藁の苞を荒繩で背負つて居る。藁のすいた所からよく見るとそれは鮪のしつぽであつた。其小麥藁の苞の一尺下には珍らしい小さな帶の結び目が拵へてある。それが女の繻子の帶と對照して一層みじめなものに見える。やがて三人は松林の中のある岐道から入つて行つた。其時おらあ此所でおめえと分れだと女がいつた。さうして百姓の老夫は故もなく余を見てはゝアと哄笑した。余はそれからは獨でポツ/\と街道を運ぶ。作並《さくなみ》といふ村へかゝる。左右の山が迫つて廣瀬川はもう見違へる程狹く且つ淺い流になつて近く姿をあらはして居る。作並の長い村も既に盡きるころになると行手を遮つて峻嶺が聳えて見える。此は出羽と天然の境界を形つて居る關山峠である。此の峻嶺を擁して作並の温泉宿があるのである。余は店先から聲をかけた宿引に止められて此の温泉で一日の疲勞を醫することにした。小女が濯ぎを汲んで來る。小女は筒袖である。余は穢い一室へ案内された。やがて別の女が來て浴槽へ案内するからといふので其女の後へ跟いて行く。此女も筒袖である。女は梯子段のやうに拵へた階段をおりる。幾らかうねり/\下へ/\と行く。板葦屋根が覆うて居てそれがもう古くなつて朽ち掛けたりした所もあるので地底の坑内へでもはひるやうな心持である。女は髮へ白いリボンを插して居る
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