て心持よく晴れた。汽船は定刻に先つて港へついて靜かに煙を吐いて居る。昨日から待つて居た乘客はごや/\と渚に集つた。空は一杯に晴れて日がきら/\と射して居る。沖かけて波は平靜である。甲板の上は乘客が一杯になつた。日光を遮るために布が覆うてある。乘客は爭うて席をとる。六七枚の蓆は人數の半ばをも滿足に落付かせることが出來ない。丁度甲板の中央に大きな箱のやうなものが置いてあつて其上に端艇が一つ載せてある。其端艇にはズックが積んである。其隙間へ穢い洋服の男がはひり込んだ。卅五六位な年増の女と十五六の女の子とは其男と一所であると見えてやがて二人の手を執つて引き揚げる。少女は極めて田舍じみた容子できよろ/\と頻りにあたりへ目を配つて居る。男は其髭のある顏へ手拭でぎつと頬冠をした。さうして年増と顏を見合せて笑つた。そこにはまだ一人位の席が明いてるので余もつゞいて端艇へ乘つてそこのズックを廣げて其上へ坐つた。そこは四人でぎつしりに成つた。汽船は徐ろに進行する。鮎川の港に近く相對して横はつた大きな島が網地《あぢ》島でぽつ/\と漁人の家が見える。それから稍小さなのが田代の島でそれから又小さな島を左舷の方に見つゝ行く。こゝらの島には蝮蛇が非常に居ると洋服の男がいつた。蝮蛇の居るといつた其小さな島の近くに小舟が二三艘泛べてあつて浮標のやうなものが丸く水に輪を描いて居る。洋服の男はあれは鮪《しび》の寄りへ大網を掛けた所だと説明する。少女は又其方へ目を配る。其網に近く海中へ丸太で櫓のやうなものが建てゝある。さうして其櫓の上部には薦のやうなものがめぐらしてある。そこには漁夫が乘つて居て鮪のはひつたかはひらぬかの檢査をして居るので漁夫の參謀本部だと彼は又いつた。海は淺いと見える。其淺い海に櫓を建てゝ鮪の群を待つといふ悠長な漁獲の方法に余は驚くと共に此の近海にはどれ程魚族が繁殖するのだろうかと思つた。余等の近くに鐵の赤く塗つた勾欄へ倚りかゝりながら遠くを見て居る印袢纒の一群がある。余はすぐ近くに居た彼等の一人に聞いて見ると彼等は大工職で金華山に無線電信所が建つといふので其普請に傭はれて卅日も前に廿人程で島へ渡つたのだといつた。給料はよし處は變つて居るし初めのうちはいゝと思つて居たが其内に不自由だらけで明けても暮れても海ばかり見て居るのだからもうよく/\厭になつてしまつた。それで愈昨日の午後に暇が出たとなつたら一刻も我慢が仕切れなくなつてすぐ鮎川まで歸つたのである。然し其時は渡船の時間が切れてしまつたから非常の時に打つべき筈の鐘を鳴らして山雉《やまどり》の渡しの船を呼んだのだといつた。さうして彼は又仙臺へ歸つたら少し身躰の養生をしなくちやならねえと獨言をいつた。牡鹿半島は一望晴朗としてテーブルへ掛けた絨布の如く平らかで且つ青い海の上に低く長く連つて其先端にとがつた金華山が聳えて見える。其聳えた下のあたりに鮎川の港はあるのであらうがもう遙かに隔つてわからぬ。大工の棟梁らしい男が其牡鹿半島を一々弟子共に指し示して居る。あれが石の卷だといふ所に白帆が二つ三つ見える。そこには日和山の杉であるべき筈の木立が小さく然かも鬱然として居る。余は二日もかゝつて歩いた土地を安坐して一目に見るのであるからそれが非常に嬉しかつた。忽ちあれ/\と人々が騷ぐ。汽船の右舷に近く一區域をなして平靜な波に更に小波を立てゝ水の動いて居る所がある。洋服の男はあれは魚の群だといつた。時々尾が出たり頭が出たりする。少女はあれ/\と我を忘れて延びあがるやうにして見入る。年増の女はあぶないというて制する。汽船の進行するに連れてそつちにもこつちにも此の魚族の群が目につく。甲板には乘客が一杯であるだけ魚族の群に對する騷ぎが大きい。少女は其度毎に我を忘れて見入る。汽船は日覆の布の上から煙を遙か後の波の上に吐き落しながらずん/\と進行する。松島の外側へさしかゝつた。奇巖亂礁の島々に接近して行く。其時波は稍動いて船体が幾らか搖れて來た。沖遠く吹きおくる凉しい風に日覆の布がばさ/\とふれる。今まできよろ/\と目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]つて騷いで居た少女は急にうつ伏しに成つてしまつた。見ると此の少女の帶の結び目も漸く拳大さに過ぎないのであつた。代《よ》が崎《さき》を過ぎて塩竈の杉の稍が遙かに見えて籬が島が舳にあらはれた時には船体の動搖は止んだ。さうして平らな蒼い水を蹴つて行く汽船の舷に近く白い泡が碎けて消える。年増の女はうつ伏しに成つて居る少女を見てお前はまあどうしたのだといつた。さうして私は船が大好きだ。あのずつと白い泡の立つ所はラムネのやうで胸がすきるといつた。余は此の奇拔の言に意外な思をした。籬が島のあなたからは塩竈を出た小舟が白帆を揚げて走つて行く。白帆を揚げた小舟は又それと行き違ひに塩竈をさし
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