、しかしその時はもう自分が咄嗟に起き上る刹那であつた、從弟をも抱くやうにして起した、再び鈴がから/\んと鳴つた、「こんだ大丈夫でさ、見てさツせ、いま大《で》かいのがとれるからと、兩方に立ち別れた舟は底なる網を揚げた、網が水面に現はれると共に獲物はもう進退の自由を失つたと見えて、自分等の近くのところで網へくるまつて仕舞つた、割合におとなしいものである、サツパをそこへ漕ぎ寄せると、なかの男が獲物の鰓のところへ手をさし込んでぐつと小べりへ引きつけて、ぎくり/\と動いて居るのを、一尺五六寸の丸棒で二つ三つ鼻面を惱ました、あざやかなる獲物は銀の色をして光つて居る、三尺ばかりの長さだ、自分はまのあたりにこの大きなる獲物の溌剌[#「溌剌」は底本では「溌刺」]たる有樣まで見ることが出來たので、もう今夜はこれ限りであつたにしたところで憾みもないと思ひながら少なからぬ滿足を以て心安くまた寢た、艫の連中が何かごと/\饒舌つて居るのも耳に這入らなく成つて、よつ程眠つたらうと思ふ頃にふと目が醒めると酷くしめツぽく感じた、ザア/\といふ雨で顏にしぶきがかゝるのである、苫は雨をとほす憂は無いが、しぶきの五月蠅いのに
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