濃川が竪に走つて其間に隱見する。平野のさきには國境の高山が綿々として相連互して居る。其連山の高低した間に眞正面に峙つたのは粟が嶽だといつた。其遙かな粟が嶽の山腹から二筋の青い煙が立ち騰つて居る。煙の末は薄らいて横に棚引いて居る。今朝は一帶にぼんやりと霧がかゝつて居るが此二筋の青い煙だけは極めてはつきりとして山よりも近く見える。此懶い樣な天地の間に眼をあいたものは此ばかりだと思ふ程青い煙は活々として居る。彌彦の峰つゞきが角田《かくた》山となつて又一つ立つて居るので北方の一部だけは隱されて居る。地圖で見ると五ヶの濱や角見《かくみ》の濱が此角田山の附近に散在して居る。此等の濱は何邊かと看守人に聞いたら此所からでは隱れて居てしかとは方角も分らぬといつた。此五ヶや角見の濱々からは毎年夏になると一群の女づれが關東を指して行く。草鞋を穿いて紺の大風呂敷に葛籠を背負つて皆一樣に菅の爪折笠を冠つて毒消しといふ藥を賣つて歩く。田舍の百姓家を戸毎に尋ね廻つて一種の調子を持つた言語で押し強く藥を勸める。日が暮れゝば炊ぎの手傳をして民家へ泊めて貰ふので商ひの高が少ない割合には相應に利益を見て行くといふ。笠のうら
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング