白甜瓜
長塚節
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)剥《む》いて
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「蓙」の左側の「人」が「口」、379−5]を敷いて
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例))すく/\と
−−
石の卷を出て大きな街道を行くと暫くして松林へかゝる。海邊であるが松は孰れもすく/\と立つて然かも鬱蒼と掩ひかぶさつて居る。街道は恰も此の松林を穿つて通じてあるやうである。暑い日光をうけた白い砂利が松と相映射して居る。此の日は朝から無理な歩きやうをした爲か足がだん/\に痛み出して居たので松の木蔭の草村へ※[#「蓙」の左側の「人」が「口」、379−5]を敷いて休んだ。兩掛の荷物を卸すと身體が急に輕くなつて何となくぼんやりした。脚袢でぴつちりと締めた足がだるくなつた。荷物を枕にして横になる。いゝ心持である。ふと見ると松林の外から一人の女が荷車を曳いて來た。女は荷車の梶棒を高くあげて荷車へ載た箱から何かごろ/\と轉がし出した。それは白甜瓜であつた。女はすぐに松林の外へ行つて又白甜瓜を曳いて來て、無造作にごろ/\と轉がし出す。松林の外には瓜畑があるものと見える。女は散らばつた瓜を一所に聚めて積んで居る。横になつた儘見て居ると周圍の青草が耳よりも上になるので積んだ白甜瓜が其疎らな草の間から見える。石の卷からの途中は瓜畑の非常に多い所でそこにもこゝにも藁小屋が立つて居た。其畑がみんな、白甜瓜であつた。其同じ瓜でも、亂れた藁の上を偃うて半ば枯れた葉の間に轉がつてぢり/\と日光に照りつけられて居るのは見るから暑さうであるが此の松蔭の草の中に積まれたのは極めて凉しい感じである。一つ剥《む》いて見たいと思つたが途中で既にしたゝか食べたので腹がいくらか苦しくなつて居る。それでも只見捨てゝ去るのが惜しいやうな氣がしたので、女に二本ばかり無心して手拭の兩端へ括つて此も肩へ投げ掛けた。暫く休息したので足が大變輕くなつた。松林が竭きる所になると渡波《わたのは》の人家が見えて疎らな松の間から赤いフラフの勢よく空に飜つて居るのが目につく。渡波は海水浴場である。然し遠くから赤いフラフを見るのとは違つて只漁村の大きなものに
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング