一罎《ひとびん》が七十五|錢《せん》づゝだといはれて、勘次《かんじ》は懷《ふところ》が急《きふ》にげつそりと減《へ》つた心持《こゝろもち》がした。彼《かれ》は蜻蛉返《とんぼがへ》りに歸《かへ》つて來《き》た。醫者《いしや》の家《うち》からは注射器《ちうしやき》を渡《わた》してくれた。他《ほか》の病家《びやうか》を診《み》て醫者《いしや》は夕刻《ゆふこく》に來《き》た。醫者《いしや》はお品《しな》の大腿部《だいたいぶ》を濕《しめ》したガーゼで拭《ぬぐ》つてぎつと肉《にく》を抓《つま》み上《あ》げて針《はり》をぷつりと刺《さ》した。暫《しばら》くして針《はり》を拔《ぬ》いて指《ゆび》の先《さき》で針《はり》の趾《あと》を抑《おさ》へて其處《そこ》へ絆創膏《ばんさうかう》を貼《は》つた。それが凡《すべ》て薄闇《うすくら》い手《て》ランプの光《ひかり》で行《おこな》はれた。勘次《かんじ》に手《て》ランプを近《ちか》づけさせて醫者《いしや》はやつと注射《ちうしや》を畢《をは》つた。
翌日《よくじつ》の午前《ごぜん》に來《き》て醫者《いしや》は復《また》注射《ちうしや》をして大抵《たいてい》此《
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