て五月蠅《うるさ》い勘次《かんじ》に返辭《へんじ》しなかつた。お品《しな》の病體《びやうたい》に手《て》を掛《か》けると醫者《いしや》は有繋《さすが》に首《くび》を傾《かたぶ》けた。それが破傷風《はしやうふう》の徴候《てうこう》であることを知《し》つて恐怖心《きようふしん》を懷《いだ》いた。さうして自分《じぶん》は注射器《ちうしやき》を持《も》たないからといつて辭退《じたい》して畢《しま》つた。勘次《かんじ》は又《また》慌《あわ》てゝ他《た》の醫者《いしや》へ駈《か》けつけた。其《そ》の醫者《いしや》は鉛筆《えんぴつ》で手帖《ててふ》の端《はし》へ一寸《ちよつと》書《か》きつけて、それでは直《すぐ》に此《これ》を藥舖《くすりや》で買《か》つて來《く》るのだといつた。それから自分《じぶん》の家《うち》へ此《これ》を出《だ》せば渡《わた》して呉《く》れるものがあるからと此《これ》も手帖《ててふ》の端《はし》を裂《さ》いた。勘次《かんじ》は又《また》川《かは》を越《こ》えて走《はし》つた。藥舖《くすりや》では罎《びん》へ入《い》れた藥《くすり》を二包《ふたつゝみ》渡《わた》して呉《く》れた。
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