かりと窶《やつ》れたやうに見《み》えた。女房《にようばう》が死《し》んだ時《とき》は卯平《うへい》は枕元《まくらもと》に居《ゐ》なかつた。村落《むら》には赤痢《せきり》が發生《はつせい》した。豫防《よばう》の注意《ちうい》も何《なに》もない彼等《かれら》は互《たがひ》に葬儀《さうぎ》に喚《よ》び合《あ》うて少《すこ》しの懸念《けねん》もなしに飮食《いんしよく》をしたので病氣《びやうき》は非常《ひじやう》な勢《いきほ》ひで蔓延《まんえん》したのであつた。卯平《うへい》も患者《くわんじや》の一|人《にん》でさうしてお品《しな》の家《いへ》に惱《なや》んで居《ゐ》た。お品《しな》の母《はゝ》の懇切《こんせつ》な介抱《かいはう》から彼《かれ》は救《すく》はれた。彼《かれ》はどうしても瀕死《ひんし》の女房《にようばう》の傍《かたはら》に病躯《びやうく》を運《はこ》ぶことが出來《でき》なかつた。其《そ》の窶《やつ》れた目《め》の憂《うれ》へるのを彼《かれ》は見《み》るに忍《しの》びなかつたからである。彼《かれ》のさういふ意志《いし》は長《なが》い月日《つきひ》の病苦《びやうく》に嘖《さいな》まれて
前へ 次へ
全956ページ中817ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング