》にふは/\と動《うご》いた。
 勘次《かんじ》の村落《むら》は臺地《だいち》であるのと鬼怒川《きぬがは》の土手《どて》が篠《しの》の密生《みつせい》した根《ね》の力《ちから》を以《もつ》て僅《わづか》ながら崩壤《ほうくわい》する土《つち》を引《ひ》き止《と》めたので損害《そんがい》が輕《かる》く濟《す》んだ。それでも幾日《いくにち》か降《ふ》り續《つゞ》いた雨《あめ》が水《みづ》を蓄《たくは》へて低《ひく》い畑《はた》は暫《しばら》く乾《かわ》くことがなかつた。田《た》も其《そ》の水《みづ》の爲《ため》に浸《ひた》つた箇所《かしよ》が少《すくな》くなかつた。勘次《かんじ》は日《ひ》となく夜《よ》となく田畑《たはた》を歩《ある》いて只管《ひたすら》心《こゝろ》を惱《なや》ましたが、漸《やうや》く自分《じぶん》の田畑《たはた》の作物《さくもつ》が僅《わづか》な損害《そんがい》に畢《をは》つたことを慥《たしか》めた時《とき》は彼《かれ》は激甚《げきじん》な被害地《ひがいち》の状况《じやうきやう》を傳聞《でんぶん》して自分《じぶん》の寧《むし》ろ幸《さいはひ》であつたことを竊《ひそか》に悦《
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