ぎを見《み》る、勘次《かんじ》はそれでも慊《あきた》らないでおつぎの姿《すがた》が戸口《とぐち》を出《で》るまでは庭《には》に立《た》つて居《ゐ》ることもある。勘次《かんじ》は毎朝《まいあさ》出《で》て行《ゆ》く方面《はうめん》が異《ことな》つて居《ゐ》るにも拘《かゝは》らず、同時《どうじ》に立《た》つて行《ゆ》くのを見《み》なければ心《こゝろ》が濟《す》まないのであつた。毎朝《まいあさ》さうするので
「おとつゝあは行《い》けな、爺《ぢい》こと見《み》てやんなくつちや成《な》んめえな」おつぎは竊《ひそか》に勘次《かんじ》を窘《たしな》めていふことがある。勘次《かんじ》は恐《おそ》ろしい權幕《けんまく》で凝然《ぢつ》と立《た》つた儘《まゝ》おつぎを睨《にら》んでさうして卯平《うへい》をちらと一|瞥《べつ》しては、卯平《うへい》の目《め》を憚《はゞか》る樣《やう》にしてさつさと唐鍬《たうぐは》を擔《かつ》いで出《で》て行《ゆ》く。卯平《うへい》は自分《じぶん》の爲《ため》におつぎが遲《おそ》く成《な》る時《とき》には
「俺《お》ら自分《じぶん》でやつから汝《わ》りや構《かま》あねえで行《い
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