いがそれでも、飮《の》みたけりや飮《の》むが善《い》いといふのみで別段《べつだん》身《み》に沁《し》みていつてくれるのでもない。卯平《うへい》は幾《いく》ら飮《の》んでも自分《じぶん》の懷《ふところ》が痛《いた》まないのだからと思《おも》つて見《み》ても醫者《いしや》のいふ通《とほ》りどうもはき/\としないので晝間《ひるま》は成《な》るべく蒲團《ふとん》にくるまる樣《やう》にして居《ゐ》た。
卯平《うへい》は年末《ねんまつ》の出代《でがはり》の季節《きせつ》になれば其《そ》の持病《ぢびやう》を苦《く》にして、奉公《ほうこう》もどうしたものかと悲觀《ひくわん》することもあるが、我慢《がまん》をすれば凌《しの》げるので遂《つひ》居据《ゐすわ》りに成《な》つて居《ゐ》るうちに何時《いつ》でも春《はる》の季節《きせつ》に還《かへ》つて、郊外《かうぐわい》に際涯《さいがい》もなく植《うゑ》られた桃《もゝ》の花《はな》が一|杯《ぱい》に赤《あか》くなると其《そ》の木陰《こかげ》の麥《むぎ》が青《あを》く地《ち》を掩《おほ》うて、江戸川《えどがは》の水《みづ》を溯《さかのぼ》る高瀬船《たかせぶね》
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