わたし等《ら》また明《あ》けても暮《く》れても無《ね》え足《た》んねえの心配《しんぺえ》ばかしゝてんだから、さういことねえ人《ひと》は心配《しんぺえ》なんちやねえんだとばかし思《おも》つてたんでござんすよ、ねえ本當《ほんたう》に」お品《しな》は感《かん》に堪《た》へたやうにいつたのであつた。お品《しな》がそれ程《ほど》苦勞《くらう》した米※[#「穀」の「禾」に代えて「釆」、234−7]《べいこく》の問題《もんだい》が其《そ》の死後《しご》四五|年間《ねんかん》の惨憺《さんたん》たる境遇《きやうぐう》から漸《やうや》く解決《かいけつ》が告《つ》げられようとしたのである。彼《かれ》は毎年《まいねん》冬《ふゆ》からまだ草木《さうもく》の萌《も》え出《だ》さぬ春《はる》までの内《うち》に彼等《かれら》にしては驚《おどろ》くべき巨額《きよがく》の四五十|圓《ゑん》を贏《か》ち得《う》るのであつた。其《そ》れは古《ふる》い創痍《さうい》の穴《あな》に投《とう》ぜられるにしても彼《かれ》は土間《どま》の鷄《にはとり》の塒《とや》の下《した》に三|人《にん》が安心《あんしん》して居《ゐ》るだけの食料《
前へ
次へ
全956ページ中515ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング