おつぎに目《め》を移《うつ》した。
 勘次《かんじ》は大戸《おほど》をがらりと開《あ》けて閾《しきゐ》を跨《また》いだ時《とき》何《なに》もいはずに只《たゞ》
「どうしてえ」といふのが先《さき》であつた。お品《しな》は勘次《かんじ》の聲《こゑ》を聞《き》いて思《おも》はず枕《まくら》を動《うご》かして
「勘次《かんじ》さんか」といつて更《さら》に
「南《みなみ》のおとつゝあは行《ゆ》き違《ちげえ》にでもならなかつたんべかな」といつた。
「行逢《いきや》つたよ。そんだがお前《めえ》どんな鹽梅《あんべえ》なんでえ」
「俺《お》らそれ程《ほど》でねえと思《おも》つて居《ゐ》たが三四日《さんよつか》横《よこ》に成《な》つた切《きり》でなあ、それでも今日等《けふら》はちつたあえゝやうだから此《この》分《ぶん》ぢや直《すぐ》に吹《ふ》つ返《けえ》すかとも思《おも》つてんのよ」
「そんぢやよかつた、俺《お》ら只《たゞ》ぢや歩《ある》いてもよかつたが、南《みなみ》こと又《また》歩《ある》かせちや濟《す》まねえから同志《どうし》に土浦《つちうら》まで汽船《じようき》で乘《の》つ着《つ》けたんだが、南《み
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