》もなければ娯樂《ごらく》もないのである。其《そ》れで彼等《かれら》は少《すこ》しでも異《ことな》つた出來事《できごと》を見逃《みのが》すことを敢《あへ》てしないのである。
 神官《しんくわん》は小《ちひ》さな筑波蜜柑《つくばみかん》だの駄菓子《だぐわし》だの鯣《するめ》だのを少《すこ》しばかりづつ供《そな》へた卓《しよく》の前《まへ》に坐《すわ》つて祝詞《のつと》を上《あ》げた。其《そ》れは大《おほ》きな厚《あつ》い紙《かみ》へ書《か》いたので、それを更《さら》に紙《かみ》へ包《つゝ》んだのであつた。包紙《つゝみがみ》は幾度《いくたび》か懷《ふところ》へ出《だ》し入《い》れしたと見《み》えて痛《いた》く擦《す》れて汚《よご》れて居《ゐ》る。祝詞《のつと》は極《きは》めて短文《たんぶん》であつた。神官《しんくわん》はそれを極《きは》めて悠長《いうちやう》に聲《こゑ》を張《は》り上《あ》げて讀《よ》んだがそれでも幾《いく》らも時間《じかん》が要《い》らなかつた。
 それが一|枚《まい》あれば何處《どこ》の神社《じんじや》へ行《い》つても役《やく》に立《た》てゝ居《ゐ》るものと見《み》えて
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