ゐ》た。桑《くは》の間《あひだ》には馬鈴薯《じやがいも》が茂《しげ》つて花《はな》を持《も》つて居《ゐ》た。南《みなみ》の家《いへ》では少《すこ》しばかり養蠶《やうさん》をしたので百姓《ひやくしやう》の仕事《しごと》が凡《すべ》て手後《ておく》れに成《な》つたのであつた。村落《むら》の大抵《たいてい》が田植《たうゑ》を畢《をは》り掛《か》けたので慌《あわ》てゝ大勢《おほぜい》の手《て》を傭《やと》うた。其《そ》の日《ひ》は晴《は》れて心持《こゝろもち》がよかつたのと、一|同《どう》が非常《ひじやう》な奮發《ふんぱつ》をしたのとで仕事《しごと》は日《ひ》の高《たか》い内《うち》に濟《す》んだ。南《みなみ》の女房《にようばう》は仕事《しごと》の見極《みきは》めがついたのでおつぎを連《つ》れて、其《その》晩《ばん》の惣菜《そうざい》の用意《ようい》をする爲《ため》に一|足《あし》先《さき》へ田《た》から歸《かへ》つた。女房《にようばう》は忙《いそが》しい思《おも》ひをしながら麥《むぎ》を熬《い》つて香煎《かうせん》も篩《ふる》つて置《お》いた。
 田植《たうゑ》の同勢《どうぜい》は股引《もゝ
前へ 次へ
全956ページ中437ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング