他人《ひと》の櫛《くし》なんぞ取《と》つか」勘次《かんじ》は苦《くる》しい息《いき》を吐《つ》くやうにして
「そんだら汝《わ》りや」と齒《は》でぎつと噛《か》み殺《ころ》した樣《やう》な聲《こゑ》でいつた。暫時《しばらく》凝然《ぢつ》と見《み》て居《ゐ》た彼《かれ》はおつぎを蹴《け》つた。おつぎは前《まへ》へのめつた。然《しか》しおつぎは泣《な》かなかつた。「おゝ痛《い》てえまあ」群集《ぐんしふ》の中《なか》から假聲《こわいろ》でいつた。踊《をどり》の列《れつ》は先刻《さつき》から崩《くづ》れて堵《と》の如《ごと》く勘次《かんじ》とおつぎの周圍《まはり》に集《あつ》まつたのである。おつぎは此《この》聲《こゑ》を聞《き》くと共《とも》に亂《みだ》れ掛《か》けた衣物《きもの》の合《あは》せ目《め》を繕《つくろ》うた。
「櫛《くし》とつたな此處《ここ》に居《ゐ》たよう」と此《こ》れも喉《のど》の底《そこ》からかすれて出《で》るやうな聲《こゑ》が群集《ぐんしふ》の中《なか》から發《はつ》せられた。
「持《も》つてたら、やつちめえ」
「厭《や》だよう、おとつゝあに打《ぶ》ん擲《なぐ》られつから、
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