う》する。彼等《かれら》はかうして家《いへ》の内《うち》から聲《こゑ》を立《た》てゝ劇《はげ》しく呼《よ》ばれるまでは怖《おそ》れ/\も際限《さいげん》のない噺《はなし》に耽《ふけ》るのである。
彼等《かれら》がさういふ苦辛《くしん》の間《あひだ》に次《つぎ》の日《ひ》の身體《からだ》の疲《つか》れを犧牲《ぎせい》にしてまでも僅《わづか》な時間《じかん》を相《あひ》對《たい》して居《ゐ》ながら互《たがひ》の顏《かほ》も見《み》ることが出來《でき》ないで低《ひく》く殺《ころ》した聲《こゑ》にのみ滿足《まんぞく》する外《ほか》に、彼等《かれら》は林《はやし》の中《なか》に放《はな》たれた時《とき》想《おも》ひ想《おも》はぬ凡《すべ》てが只管《ひたすら》に甘《あま》い味《あぢ》を貪《むさぼ》るのである。林《はやし》は彼等《かれら》の天地《てんち》である。落葉《おちば》を掻《か》くとて熊手《くまで》を入《い》れる時《とき》彼等《かれら》は相《あひ》伴《ともな》うて自在《じざい》に※[#「彳+尚」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよ》ふことが默託《もくき
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