い》が餘《あまり》に彼等《かれら》を冷靜《れいせい》な方向《はうかう》に傾《かたむ》かしめて居《ゐ》る。それでなくても其《そ》の知《し》りたがり聞《き》きたがる性情《せいじやう》を刺戟《しげき》すべきことは些細《ささい》であるとはいひながら相《あひ》尋《つい》で彼等《かれら》の耳《みゝ》に聞《きこ》えるので勘次《かんじ》のみが問題《もんだい》では無《な》くなるのである。然《しか》しながら若《わか》い衆《しゆ》と稱《しよう》する青年《せいねん》の一|部《ぶ》は勘次《かんじ》の家《いへ》に不斷《ふだん》の注目《ちうもく》を怠《おこた》らない。其《そ》れはおつぎの姿《すがた》を忘《わす》れ去《さ》ることが出來《でき》ないからである。苟且《かりそめ》にも血液《けつえき》の循環《じゆんくわん》が彼等《かれら》の肉體《にくたい》に停止《ていし》されない限《かぎ》りは、一|旦《たん》心《こゝろ》に映《うつ》つた女《をんな》の容姿《かたち》を各自《かくじ》の胸《むね》から消滅《せうめつ》させることは不可能《ふかのう》でなければならぬ。然《しか》し彼等《かれら》は一|方《ぱう》に有《いう》して居《ゐ》る
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