して居《ゐ》た。
「そりやさうさね、此《こ》の前《まへ》も私《わたし》の處《ところ》で救《すく》つて遣《や》つたのにそれに復《ま》たかうなんだから、まあ病氣《びやうき》さね此《これ》も、困《こま》つたもんだが然《しか》しあれを懲役《ちやうえき》に遣《や》つて見《み》た處《ところ》で子供等《こどもら》が泣《な》くばかりだからね、それにまあ本當《ほんたう》いへば一《ひと》つ村落《むら》に斯《か》うして居《ゐ》るんだから先《さき》が困《こま》り切《き》つてる内《うち》に勘辨《かんべん》して遣《や》つたと成《な》ると一|生《しやう》先《さき》は身《み》がひけて居《ゐ》る道理《だうり》だがそれが一|杯《ぱい》の罪《つみ》にでも落《おと》して見《み》ると、先《さき》では帳消《ちやうけ》しにでも成《な》つたやうな積《つもり》で居《ゐ》まいものでもなし、さうすると敵《かたき》一人《ひとり》拵《こしら》へて置《お》くやうなものだしね、他人《ひと》に叩《たゝ》かれたのでは眠《ねむ》れるが、叩《たゝ》いたのでは眠《ねむ》れないとさへいふんだから、何《なん》でも後腹《あとばら》の病《や》めない方《はう》が善《
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