換《か》へようとするのである。季節《きせつ》が熟《じゆく》さねば收穫《しうくわく》の多量《たりやう》を望《のぞ》むことが出來《でき》ないので、彼等《かれら》が食料《しよくれう》として畑《はたけ》へ手《て》をつけるのは凡《すべ》てが存分《ぞんぶん》の生育《せいいく》を遂《と》げた後《あと》でなければならぬ。其處《そこ》が相互《さうご》に盜《ぬす》むものをして乘《じよう》ぜしめる機會《きくわい》である。
與吉《よきち》は能《よ》く貧乏《びんばふ》な伴侶《なかま》の子《こ》が佳味相《うまさう》に青物《あをもの》を噛《かじ》つて居《ゐ》るのを見《み》ておつぎに強請《せが》むことがあつた。勘次《かんじ》の家《うち》ではどうかすると朝《あさ》に成《な》つて大《おほ》きな南瓜《たうなす》が土間《どま》に轉《ころ》がつて居《ゐ》ることがある。それで庭《には》の南瓜《たうなす》は一《ひと》つも減《へ》つて居《ゐ》ない。
「こらどうしたんでえおとつゝあ」與吉《よきち》は悦《よろこ》んで危《あぶ》な相《さう》に抱《だ》いては聞《き》く。
「弄《いぢ》んぢやねえ」勘次《かんじ》は只《たゞ》恐《おそ》ろしい目
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