噺《はなし》をされるのは徒《いたづ》らに哀愁《あいしう》を催《もよほ》すに過《す》ぎないのであるが、又《また》一|方《ぼう》には噺《はなし》をして見《み》て貰《もら》ひたいやうな心持《こゝろもち》もしてならぬことがあつた。
「勘次《かんじ》さんどうしたい、えゝ鹽梅《あんべえ》のが有《あ》んだが後《あと》持《も》つてもよかねえかえ」と彼《かれ》に女房《にようばう》を周旋《しうせん》しようといふ者《もの》はお品《しな》が死《し》んでから間《ま》もなく幾《いく》らもあつた。勘次《かんじ》は只《たゞ》お品《しな》にのみ焦《こが》れて居《ゐ》たのであるが、段々《だん/\》日數《ひかず》が經《た》つて不自由《ふじいう》を感《かん》ずると共《とも》に耳《みゝ》を聳《そばだ》てゝさういふ噺《はなし》を聞《き》くやうに成《な》つた。然《しか》し其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》噺《はなし》をして聞《き》かせる人々《ひと/″\》は勘次《かんじ》の酷《ひど》い貧乏《びんばふ》なのと、二人《ふたり》の子《こ》が有《あ》るのとで到底《たうてい》後妻《ごさい
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