と與吉《よきち》とを南《みなみ》の女房《にようばう》へ頼《たの》んだ。
「他《ほか》へは行《い》くんぢやねえぞ、えゝか、よきは泣《な》かさねえやうにしてんだぞ」彼《かれ》はおつぎへもいつて出《で》た。おつぎは其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》注意《ちうい》を人前《ひとまへ》でされることがもう耻《はづ》かしく厭《いや》な心持《こゝろもち》がするやうに成《なつ》て居《ゐ》た。
勘次《かんじ》は鬼怒川《きぬがは》の渡《わたし》を越《こ》えて土手《どて》を傳《つた》ひて、柄《え》のない唐鍬《たうぐは》を持《も》つて行《い》つた。鍛冶《かぢ》は其《そ》の時《とき》仕事《しごと》が支《つか》へて居《ゐ》たが、それでも恁《か》ういふ職業《しよくげふ》に缺《か》くべからざる道具《だうぐ》といふと何處《どこ》でもさういふ例《れい》の速《すみやか》に拵《こしら》へてくれた。
「隨分《ずゐぶん》荒《あれ》えことしたと見《め》えつけな、俺《お》らも近頃《ちかごろ》になつて此《こ》の位《くれ》えな唐鍬《たうぐは》滅多《めつた》打《ぶ》つたこたあねえよ、」
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