《ゆ》く。百姓《ひやくしやう》といへば什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に愚昧《ぐまい》でも凡《すべ》ての作物《さくもつ》を耕作《かうさく》する季節《きせつ》を知《し》らないことはない。村落《むら》の端《はし》から端《はし》まで皆《みな》同《どう》一の仕事《しごと》に屈託《くつたく》して居《ゐ》るのだから其《そ》の季節《きせつ》を假令《たとひ》自分《じぶん》が忘《わす》れたとしても全《まつた》く忘《わす》れ去《さ》ることの出來《でき》るものではない。然《しか》しもう季節《きせつ》だと知《し》つて見《み》ても其《そ》の日《ひ》/\の食料《しよくれう》を求《もと》める爲《た》めに勞力《らうりよく》を割《さ》くのと、肥料《ひれう》の工夫《くふう》がつかなかつたりするのとで作物《さくもつ》の生育《せいいく》からいへば三日《みつか》を爭《あらそ》ふやうな時《とき》でも思《おも》ひながら手《て》が出《で》ないのである。以前《いぜん》のやうに天然《てんねん》の肥料《ひれう》を獲《う》ることが今《いま》では出來《でき》なくなつて畢《しま》つた。何
前へ 次へ
全956ページ中199ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング