。卯平《うへい》は心《こゝろ》に涙《なみだ》を呑《の》んだ。
勘次《かんじ》は悄然《せうぜん》として居《ゐ》た。與吉《よきち》が泣《な》く度《たび》に彼《かれ》は困《こま》つた。さうして毎日《まいにち》お品《しな》のことを思《おも》ひ出《だ》しては、天秤《てんびん》で手桶《てをけ》を擔《かつ》いだ姿《すがた》が庭《には》にも戸口《とぐち》にも時《とき》としては座敷《ざしき》にも見《み》えることがあつた。側《そば》に居《ゐ》るやうな氣《き》がして思《おも》はず顧《かへり》みることもあるのであつた。彼《かれ》はお品《しな》を思《おも》ひ出《だ》すと與吉《よきち》を抱《だ》いては「なあ、おつかあは居《ゐ》ねえんだぞ、おつかあが乳房《ちつこ》欲《ほ》しがんねえんだぞ」と始終《しじう》いつて聞《き》かせた。お品《しな》が居《ゐ》ないと殊更《ことさら》にいふのはそれは一つには彼自身《かれじしん》の斷念《あきらめ》の爲《ため》でもあつたのである。
お品《しな》は豆腐《とうふ》を擔《かつ》いで居《ゐ》る時《とき》は能《よ》く麥酒《ビール》の明罎《あきびん》を手桶《てをけ》へ括《くゝ》つて行《い》つ
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